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柔らかな風

雨露を含んだ、
柔らかな風が
頬をよぎった。

この風を
僕は知っている。
カーニバルの頃に
吹く風だ。

*  *   *


カーニバルについて、
僕は
背を向け
静かに暮らしていたい思いと、
祝祭への沸き立つ思いが同居していた。
また、
母との愛しい思い出と
友人達との甘酸っぱい思い出が
混在していた。
しかし、
どんな体験をしたのか、
詳細を思い出すことは出来ない。
ただ、
ラジオで流れた「皇帝」のピアノ演奏を聴いて以来、
気候の変動に伴い、
漠然と、思い出の断片が
僕の脳裏に現れるようになった。

疑念と疑念が 衝突する。
# by greenagain2 | 2014-04-05 19:00 | 窓の隙間

運命(1) 回想

話をまとめる際、「運命」という言葉で締めくくる者がいる。
私は、その言葉を口にする者に対し、その身を凍らせる視線を送らずにはいられない。

「運命」-人の力ではどうにもならない物事のめぐり合わせや人間の身の上。また、それをもたらす力。

私に言わせれば、「運命」という言葉は、物事を論理的に説明できないときに使う「抗弁」に過ぎない。
だが、しかし、己が身を断じようとする今、私の一生が、あるいは「運命」に囚われたものであったのか、今一度振り返ってみたいと思う。
特に、論理的に説明することが困難であった近年の日々を。


*     *          *                *           *

軍人として生きてきた私には、「勝利」という「結果」が全てであった。
が、結果に至る「筋道」が余りに不合理であると、後に禍根を残す。
そして、次なる戦いに「勝利」という「結果」を手に入れることはできない。
ゆえに、私はこの点にも着目した。
例えば、反乱軍制圧作戦として武装待機中、村の娘達を襲い規律を乱した者を極刑に処したのも、「筋道」を重んじたことに因るものだ。

しかし、私が尊ぶ「論理」、「筋道」、「結果」を理解しない人間がいた。
しかも、私の邸内に。

一人は私の元妻、一人は異国の少女 ・・・
 
私の妻アデールは、季節の変り目を理由に体調不良を訴える。
口にしたところで体調が良好になるとは限らないのに、「季節の変り目は嫌だ」という。
言葉に出して事態が改善するならば、それは「結果」が伴うことなのだから、言葉に出すことに意味がある。
しかし、アデールはそのような計算をせずに、思うがままを、ただ、口にする。
恐らく、「女」という生き物は、「結果」が伴わないことでも言葉にすることで、心が安らぐ生き物なのだろう。
いや、「女」にも、いろいろな性格の持ち主が存在する。
例えば、我が妹ヴェーラはアデールのように思うがままを即座に口にはしない。思慮深く言葉を選び発言する。

更に私がわからないのは、我が邸で拘束していた少女-ユリウスである。

例えば、反乱軍制圧作戦時、リュドミールを送り込んだのは彼女だ。
どうやって我が軍にリュドミールを潜ませたのか。
密入国を成功させるほどの計画性と、男を追い、寄る辺無く異国へ旅立つ突発性が、彼女には存在する。
ユリウスもまた、思うがままを即座に口にする女ではない。
が、しかし、突発的な行動力、あれは一体何なのだろう。

ユリウスの行動が、その後、私の晩年に至るまで、私を揺さぶり続けたのは、私にとって疑いなき事実である。




「運命」の定義-明鏡国語辞典(大修館書店)より引用



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# by greenagain2 | 2013-11-23 08:00 | 運命

血の記憶 4

確かに、今は未だ夏の最中。
しかし、涼やかな季節の気配を感じるのは
敗者となる予兆か?

あらゆる事象は
実の所、勝者も敗者も無い。
諦観しつつも、己の信ずる道に従い、
軍属の域を超えて行動を起こすのみである。

かような覚悟を決めているにせよ、
自邸で今、発生している事象には
うろたえざるを得ない。
-窓に刺さった紙片、
そこに書きつけられた言の葉、
筆者はユリウスと思われる。

ミハイロフ邸襲撃時、
ロストフスキーにユリウス救出を要請したが
彼女は既に去った後だった。
その彼女が私に発した問い。

「僕の手が 血に汚れている理由を 教えて」

まさか、ユリウスがこの邸に忍び込み、
私の部屋までやってきて、窓に紙片を差し込んだとは思えない。
門前に立った段階で、警備の者がユリウスだと認めるだろう。
スカーフをかぶったとしても
眩い髪と透き通ったあの青い眼を、警備兵達が忘れはしないだろう。
ならば、誰が?何故?

毎夜、飲み物を私の自室に運び入れるじいやに聞いてみる。
「最近、私の留守中に、ユリウスが戻ってこなかったか?」
使用人達に事情を伝えることなく、ユリウスがこの邸を去って以来、
ユリウスの名を口にすることは憚られる雰囲気になっていただけに、
じいやは侯爵の問いに大そう驚いた。
「厳重な警備を敷いている以上、ユリウス様が若様の邸に立ち入るなど考えられません。」

では誰が?

かつて使われ、今は空室となった部屋を巡りつつ、考えを巡らせていく。
元妻の部屋、亡き母、亡き父の部屋、ユリウスの部屋、そして…

ボリシェビキの元へ向かったと伝え聞く、我が弟・リュドミールの部屋へ。

侯爵は扉を開け、リュドミールとユリウスについての様々な記憶を甦らせた。

(-お兄様、階段から転げ落ちてしまった、あの女の人、
唇を切って血が出ていたよ。助けてあげて、お兄様、お願い!
-わかった、お前はもう寝なさい。)

(-兄上、今回の爆破は、兄上を狙ったものですね。
-まぁ、そうだろう。
-ユリウスは兄上の身代わりになったのですよ。
このまま手をこまねいていて良いのですか?
-お前はアレクセイの味方では無かったのか?
-・・・。
-言葉を発するときには、それを受け止める者がどのように感じるかを考えた上で話すものだ。
士官候補生は、もう少し思慮深くなって良いのではないか?)

唇と腕に血の跡を残したまま気を失った女。
この邸を去った数年後、想い人と念願の再会を果たし、本来の生気を取り戻した女。
私の元で、儚くも懸命に命の灯を絶やさなかった女…

浮かんでは消え、消えては浮かぶユリウスの残像を
窓辺に認めながら、
侯爵は 紙片を窓に差し込んだ犯人像に思いを巡らせた。


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# by greenagain2 | 2013-10-05 05:00 | 血の記憶

血の記憶 3

季節の変わり目は いつも雨だ。



夏から秋。
日に日に短くなる日照時間と戦った後、
書類を鞄に仕舞い、鍵をかけて抱え込み、帰路に着く。
一週間前まではあれほど暑かったのに、
急速に冷えていく。
部屋の隅に置いていたサモワールも、部屋の中央に鎮座している。
急がねば。
討議の結果を待つ同志達に早く知らせねば。
白夜に慣れた身体を追い立て、無理やり急ぎの用件に合わせた。
その後は、急降下で睡魔に襲われ、長雨でなかなか起きられない。

あるいは
春から夏。
雨降る季節と知りつつも、不意にやってくる雨将軍と
日に日に長くなる日照時間に従い、長引く議論に頭を抱える。
それでも
次の一手を見出した時、頬の高揚を抑えきれず
石畳を駆け抜ける。
夏が来る。
洞窟に押し込められたかのような長い長い冬が終わる。
青葉の爽やかな空気に満ちた季節がやってくる。
晴れやかな日差しで心身を洗う季節がやってくる。


 ☆

「おかえり。
今日は冷製スープを作ったよ。」
柔らかい笑顔で、俺を迎える妻・ユリウス。

この国の様子も知らぬまま記憶を失った妻にとって、
俺との暮らしが、生活の全てとなっている。
それでも
市場、近所の人々、同志達との付き合い...
彼女なりに世界を広げ、かなり遠くまで出歩くこともあるようだ。
書籍を求め、楽譜を求めて。

「アー、ベー、ヴェー、ゲー、デー、…」
同志の子供をあやそうと、キリル文字を読み上げる彼女は
遠い昔、音楽学校で聖書を暗唱していた真摯な姿そのままだ。


   ☆

身体の芯から冷える祖国の冬。
帰国して暫く、俺の身体は祖国の冬を思い起こすことに時間を要した。
祖国への熱い思いとは裏腹に、俺の身体は芸術という清冽な湖に満ち満ちていた。
例え、ストラディバリを自らの意思で手放しても、音の響きは身体に残った。
そして、
数年間、獄に繋がれた後も尚、
身体の片隅に、音の破片は潜んでいた。

そのことに気づいたのは
冬から春。
一雨ごとに暖かな風が吹く頃。

ユリウスと暮らし始めて一年を過ぎ、
積雪は徐々に少なくなリ始めていた。

俺は 家に持ち帰る書類を最小限に留める術を身に着け、
人目に付かないよう、裏道を辿り歩いた。

日没が未だ早いこの季節は
自宅での業務が多い。
そして、
闇に紛れて歩くことは
安全でもあるが危険でもある。
一度、追われれば、その闇をも敵に回しかねない。
結局、夕暮れ時が一番の味方。

しかし、裏道から自宅のあるアパートへの道へ一歩踏み出した時、
肩に雨粒がかかり始めた。

俺は
いつも忘れる。

季節の変わり目には雨が降ることを。

詰めが甘いと年配同志に何度も指摘されたことを思い返す。
俺は
小ぬか雨の中、
苦笑いしながら
鞄を抱え、小走りになる。


そんな俺の前に
突然、
ユリウスが現れた。

「アレクセイ!」

どうしたんだ?と聞く俺に、
ユリウスは息せき切って、「近所の子供が紅茶をひっくり返して手に火傷をした」と言う。
外の雪を両手一杯掴んで、自分の手を使って雪でその子の手をくるんだのだと言う。

「お前…」

ユリウスの手は、凍傷になりかかり、尚且つ、右手親指の付け根が血で滲んでいた。

波打つ金髪は、雨がもたらす湿度で水をいよいよ含み、
穏やかに、あるいは、激しく曲線を描いている。

「ふふ、ふふふ…」

介抱を終えた満足感で痛みも感じないのか、
ユリウスは歌うように微笑んでいた。

不規則に降る雨が、ユリウスの血の滲みを広げていく。
その血の匂いは、遠い昔と全く同じ匂い。

-ヴァルハラに駆け込み、
倒れたユリウスを介抱した時。
彼女の腕から
ほのかに、
漆黒と真紅が同居する鉄を含んだ匂いが立ち昇った。
それは
彼女の腕に巻きつけられた包帯に沁みこんだ
彼女の血の匂い。

しかし春を呼ぶ雨粒は
彼女の腕に滲む血の禍禍しい匂いを
新芽の匂いへ変えていく。
同時に、
潔く切られた短かい金髪に、
滑らかさを加えていく。


瞬時に変わる彼女は
季節の変わり目に降る雨と同じ。
注意の外側から突然やってくる。



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# by greenagain2 | 2013-09-08 16:05 | 血の記憶

血の記憶 2

(無数の銃弾が 彼を射抜いている。
僕は、なすすべもなく銃弾の行方を追うばかり。
もう少し早く、邸を出ていれば
僕は 彼を助けることが出来ただろうか?)

橋から射落とされるアレクセイ・ミハイロフを
リュドミールは建物の片隅で茫然と見つめていた。
闇に隠れたボリシェビキの元に潜りこんだ元・士官候補生。
彼-リュドミールが我が味方か見極めるため、
ボリシェビキ幹部は、アレクセイの様子を追うよう命じられた数名のボリシェビキに、リュドミールを加えた。
ボリシェビキの信頼を勝ち取るために、
アレクセイの動向を記憶に逐一留めねばならない。
しかし、それは正視に堪えないアレクセイの姿を脳裏に焼き付ける仕事もである。
もはや銃弾の巣と化した彼の身体を追おうとすれば、
自分もまた自ら絶命を選び取ることになりかねない。
(アレクセイと共に死ぬなら本望だ…)
しかし、瞬時に
(それはアレクセイは望まないことだ)と自らに判断を下す。
リュドミールは、声を殺して泣いた。
(僕には彼を助けることができない)
リュドミールと行動を共にしたボリシェビキ同志達もアレクセイの姿に涙している。
しかし、彼らの涙は同志が被弾したが故の涙だ。
(僕の嘆きは個人的な思いが多分に含まれている)
このように自分の感情を冷静に分析するよう努めなければ、アレクセイ達に助力することは出来ない。
リュドミールは己に負荷をかけた。

被弾したアレクセイの血が、赤い輪となり川面へ広がっていく。
アレクセイの呼吸が泡となり、川面に浮かぶ。
しかし、その泡の数は次第に減っていく。
アレクセイの絶命をいよいよ受け入れねばならぬ時が来た。
断崖に立たされた境地が迫ったその時、
リュドミールの視界に入ったのは
アレクセイの妻が路面に倒れた姿。
そしてリュドミールの見知った者達が、彼女を運び出していく。
彼らはユスーポフ邸の者であったり、ユスーポフ邸に出入りしていた者達。
もはや彼女を-ユリウスを、ボリシェビキが取り返すことは不可能に近い。
リュドミールは更なる絶望に堪えながら、衣服の内に秘めていた紙片を取り出し、
そこに書かれている文面を見つめた。

「あなたは見たことがある?
僕の手が 血に濡れているのを。
僕は 時々見るんだ。
血で染まった自分の手を。

真っ赤に染まり、
手の平から したたり落ちていく血。

自分の血なのか、誰かの血なのか?

わからなくて 僕は うなされる。

あなたは 僕が雪の音を恐れていることを よく知っている。
あなたの部屋まで 僕は 避難した。
僕は あなたに はっきりと 聞かないまま
あなたの邸を出た。
だから わからない。

もしも、あなたに心当たりがあるなら 教えて。
僕の手が 何故 血に濡れているのかを。」



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# by greenagain2 | 2013-09-02 05:00 | 血の記憶