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天体の音楽 (全1話)

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ユリウスは透き通った声で言った。

「今回 君は、ウィーン行きを断ったけれど、
いつかウィーンへ行くことになるだろう。
ウィーンへ行ったら、ダンスを踊る機会が増えるよ」

ユリウスは、うろたえる僕の手をとり、
「だから今のうちに練習しておかなくっちゃ」と言って、微笑んだ。



僕の視界にユリウスの唇の赤が広がる。

「どうしたの?」

うつむいた僕に ユリウスは構わず、僕の手を素早く握る。

ユリウスの手が、僕の掌の中に収まる。

こんなに小さな手だったのか。

彼女の手のぬくもりが
僕の掌に伝わる。

彼女は、僕の手を高らかに掲げた。
鼓動が頭の芯まで広がる。

彼女は、気の向くままに小気味よいステップを踏んでいく。
僕は彼女のステップについていくのが精一杯。

ユリウスは、歯切れよく言った。

「『天体の音楽』って知ってる?」

話が飛ぶ彼女に、僕は平静を装いながら答えた。

「知ってるさ。この間、僕達、講義で聴いたじゃないか。」

僕の言葉に ユリウスは 眼を見開き、
高く掲げていた僕の手をストンと落とした。
小気味よく踏んでいたステップもピタリと止めた。
どうしたんだろう?

ユリウスは快晴の空を映した眼で僕を凝視した。
僕も彼女を、正面から見つめた。

ユリウスは、鮮やかな笑みを浮かべ、歌うようにささやいた。

「『天体の音楽』-ヨーゼフ・シュトラウスが、医学生のために作ったワルツ。」

ユリウスは、僕の手を離し、
僕に背を向け、空を見上げて、ぽつりと言った。

「ワルツらしくないワルツだね。小さな音でゆっくりと始まる。
澄んだ空気が 天空に広がり 天体を覆っていく様を
音で表現することができるなんて・・・」

僕は、自分の身をどう置いていいかわからないまま、
ユリウスの背に激しく流れる金の髪を見つめた。

ユリウスは、レッスン室の窓際にかかる黒のカーテンを、サッと素早く閉めた。

陽の光が途端に遮られる。

ユリウスは両手を広げ、黒のカーテンを自分の身に包んだ。
彼女の手の先にあるカーテン裏地の真紅が、僕の眼を刺す。

ユリウスが言い放つ。

「天空を駆けあがって終焉を迎えるワルツだ」

僕がたまらず顔を上げると、
窓からこぼれる陽の光をくまなく捉えたユリウスの眼が
満天の星空を作っていた。


「ねぇ、イザーク、
君もいつか 君自身の『天体の音楽』を創造して、世界中にそれを響かせて」


僕は、
あの時
ユリウスが言った言葉を 忘れない。

彼女が今、何処にいるか、
僕は知らない。

けれど、

僕は
彼女の耳に届くような音を創造しよう。

-了-



★あとがき
2009年元旦に行われたウィーン・フィル ニューイヤー・コンサートで演奏された「ワルツ『天体の音楽』作品235」。
快晴の空の下、広大な欧州の雪山映像と共に、この静謐なワルツが演奏されました。
「美しき青きドナウ」をはじめとする 華やかなワルツやポルカが多く演奏された中、
『天体の音楽』は異彩を放っておりました。

ユリウスがイザークの行く末を憂い、そしてイザークに別れを告げるためイザークの住まいを訪れた日、
二人が別れのワルツを踊る時間的・精神的ゆとりはありませんでした。
そこで イザークにウィーン音楽院編入試験の話が持ちあがった頃の逸話を一つ。

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by greenagain2 | 2009-01-18 13:30 | 窓の隙間
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